2歳の姪っこのお土産に買った「Happyスイーツパーティー」。切り分けられたり、トッピングを自由にできるケーキ。最近のおもちゃってよくできてるなあ。欲望に逆らえず、つい箱を開けちょっと遊んでみる。

Happyスイーツパーティー
2010.03.10
絵を見る喜び
2009.12.05
出光美術館で開催中の「ユートピア」展へ行く。
夢や楽園を主題とする日本美術の絵画や工芸品が展示されている。仙人や七福神が描かれためでたい絵に心躍る。
すばらしい絵を見ると、いつも心に喜びが広がる。それが同時代の、特に知り合いの絵だったりすると喜びと同時にあせりのようなものも感じるが、古典と呼ばれる絵だとそういうこともなく絵を見る感動だけが心に広がる。
帰りに図録まで買うと、自分だけのものにしたようで当分嬉しい。
図録を見ながら、めでたそうな絵を描いてみる。

アフロ
2009.11.20
けっこう巨大で白髪まじりのアフロヘアの中高年の男性の隣に座る。
思わず凝視してたら、にらまれたので車内吊り広告に目をやる。
メカアフロくんがいきなり目に入る。
メカアフロくんをキャラクターに使った「ながらラジオ」というキャッチコピーの広告。
ラジオを聴きながら日常生活を行おうというおすすめの広告らしい。
シンクロニシティという言葉が頭に浮かぶ。この場合違うのか?

天狗って。。。
2009.11.12
友人が「すごく面白い」と薦めてくれた大人気作家、森見登美彦の大人気小説「夜は短し歩けよ乙女」を読もうとするが、挫折する。
かなり最初のほうの、京都の先斗町という狭い町筋に、三階建のチンチン電車がやってくるというくだりで、「ああ、ワタシには無理だ」とあきらめてしまう。チンチン電車が出てくるまでも奇想天外な話の展開についていくのに必死だったが、ついに投げ出す。
なんで小説とはいえ先斗町を、屋上に竹藪が繁っている電車が走るのだろう。
前にも、森見登美彦の「山月記」という短編を読んでいて、大学の先輩が「天狗」になったとわかった時点でやめてしまった。話の内容よりも「真面目に読んでたのに、天狗って・・・」という思いが頭をかけめぐった。
人にはそれぞれ、わかる世界とわからない世界がある。
今度は、三階建電車と天狗がでてこない森見登美彦の本を紹介してもらおう。

注文の多い生き物
2009.05.05
福山。
青木新門氏の「納棺夫日記」を読む。
現代人は身近な人の死にあっても、それはあくまで「人の死で」であり、自分もまた死ぬ存在だと気付くまでには至らないそうである。身につまされる。
青木氏が詩人ということもあり、宮沢賢治の詩がところどころに引用されている。
宮沢賢治は、相手の立場に立つということを、徹底的に実践した人らしい。
「納棺夫日記」には直接関係ないが、ふとわかったことがある。
ワタシは何度か宮沢賢治の「注文の多い料理店」という短編を読んだが、よく意味がわからなかった。解説には、都会文明と放恣(ほうし)な階級とに対する反感と書かれているが、それにしても、ピンとこない。
よく考えたら、ハンターが出会った恐ろしい山猫(らしい)は、他の生き物を食べる人間そのものの姿であり、ハンターは、人間に食べられている「生き物」だ。立場が変わってしまったことにまったく気付かないハンターは、滑稽な本性をさらし、最後は恐怖でただ泣く。
他の生き物の立場に立ったら、人間はこんなに恐ろしいということか。。

モノの奥
2009.05.04
尾道で。
ワタシの絵が好きだという、とてもありがたく珍しい人にお会いした。
ワタシの絵にはスキ(隙)があり、それは日本の美術品に通づるそうで、
不完全な美を愛する日本人独特の美意識だろうとおっしゃられた。
確かに、「ゆるい」と言われる。
その方は、日本人がシンメトリーな完璧さではなく、不完全な形の中に美をみつけるのは、実はモノそのものの美より、モノの奥になにかを見ている、感じているからだろうとおっしゃる。
なるほど。
「いったい、何を感じているのですか?」とたずねると、
「何だろうね。」というお答え。
そこ、一番大事じゃんと思い、かなりしつこく食らいついたけど、「わからない」とのこと。
気になる。。。

島根は左
2009.04.30
福山。
ゴールデンウィーク特集(かなり出遅れ)の温泉本をめくる。
島根の温泉はいいらしい。
本物の馬鹿だとばれるのが怖くてずっと黙っていたけど、ワタシは、地理的に広島の上にある鳥取と島根の位置がよくわからなくなる。
広島県人としてはかなり珍しい。
思い切って、向かいに座っている母に
「鳥取と島根が、どっちで右でどっちが左かわからなくなる。」
と言ってみる。
「本物のアホじゃ。やっぱり、新しい地球儀を買わにゃあ。」
と言われる。
ふと思ったけど、県名まで載っている地球儀って無いような・・・






